お手をお組みなされ、暫《しばら》く無言でいらっしゃる、お側へツッ伏《ぷ》して、平常《ふだん》教えて下すった祈願《いのり》の言葉を二た度三度繰返して誦《とな》える中《うち》に、ツートよくお寐入《ねいり》なさった様子で、あとは身動きもなさらず、寂《ひっそ》りした室内には、何の物音もなく、ただ彼《か》の暖炉《だんろ》の明滅が凄《すご》さを添えてるばかりでした。子供ながらもその場の厳《おごそ》かな気込《きごみ》に感じ入って、佇《たたず》んだままでいた間はどの位でしたか、その内に徳蔵おじが、「奥さまはモウおなくなりなさったから、お暇《いとま》しなければならない、見納《みおさめ》にモウ一度お顔をよく拝《おが》んでおけ」と声を曇らしていいました。僕は死ぬるという事はどういう事か、まだ判然分らなかったのですが、この時大事な大事な奥様の静かに眠っていらっしゃるのを、跡に見てすすり泣きしながら、徳蔵おじに手を引《ひか》れて、外へ出た時、初めて世はういものという、習い始めをしました。
これからあと直《すぐ》に、徳蔵おじはお暇《いとま》を願って、元《も》と出た自分の国へ引込みました。徳蔵おじはモウ年が寄って
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