だまってねるだアよ」といいましたッけが、奥様が「坊はわたしが床《とこ》の側に附《つい》ていて上ればおんなじじゃないか」とおっしゃったのを、僕がまた臆面《おくめん》なく「エエあなたも大変|好《すき》だけれど、おんなじじゃないわ。だっておっかさんは、そんな立派な光る物なんぞ着てる人じゃなかったんだものを」というと、それはそれは急にお顔色が変ったこと、ワットお泣なさったそのお声の悲《かなし》そうでしたこと。僕はあんなに身をふるわしてお泣《なき》なさるような失礼をどうしていったかと思って、今だに不思議でなりませんよ。そしてその夜は、明方《あけがた》まで、勿体《もったい》ないほど大事にかけて看病して下すったんです。しかし僕はあなたが聞いて下さるからッて、好気《いいき》になって、際限もなく話しをしていたら、退屈なさるでしょうから、いい加減にしますが、モ一ツ切り話しましょう。僕はこの時の事が悲しいといえば実に何ともいえないほど悲しいんですが、またどことなく嬉しいような処もあって、判然覚えているんです。丁度しわすのもの淋しい夜の事でしたが、吹《ふき》すさぶその晩の山おろしの唸《うな》るような凄《すご》い音は、今に思出されます。折ふし徳蔵おじは椽先《えんさき》で、霜《しも》に白《しら》んだ樅《もみ》の木の上に、大きな星が二つ三つ光っている寒空をながめて、いつもになく、ひどく心配サうな、いかにも沈んだ顔付《かおつき》をしていましたッけが、いつか僕のいる方を向て、「ナニ、奥《おく》さまがナ、えらい遠方へ旅に行《いら》しッて、いつまでも帰らっしゃらないんだから、逢《あい》に来《こ》いッてよびによこしなすったよ」と気のなさそうにいいました。何か仔細《しさい》の有そうな様子でしたが問返しもせず、徳蔵おじに連《つれ》られるまま、ふたりともだんまりで遠くもない御殿の方へ出掛《でかけ》て行ましたが、通って行く林の中は寂《さびし》くッて、ふたりの足音が気味わるく林響《こだま》に響くばかりでした。やがて薄暗いような大きい御殿へ来て、辺の立派なのに肝《きも》を潰《つぶ》し、語らえばどこまでもひびき渡りそうな天井を見ても、おっかなく、ヒョット殿さまが出ていらしッたらどうしようと、おそるおそる徳蔵おじの手をしっかり握りながら、テカテカする梯子段《はしごだん》を登り、長いお廊下を通って、漸《ようや》く奥様のお寝
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