うた。そして其處に雨と雲と青葉との作りなす景色は溪好きの私を少なからず喜ばしめた。
 三四驛目で湯谷に着いた。改札口で温泉の所在を訊くと、改札口から廊下續きの建物を指して、それですといふ。成程考へたものだと思つた。湯谷ホテルと呼んでゐるこの温泉宿はこの鐵道會社の經營してゐるものであるのだ。何しろ難有《ありがた》かつた。この大降りに女連れではあるし、田舍道の若し遠くでもあられては眞實困るところであつたのだ。
 通された二階からは溪が眞近に見下された。數日來の雨で、見ゆるかぎりが一聯の瀑布となつた形でたゞ滔々と流れ下つてゐる。この邊から上流をば豐川と言はず、板敷川と呼んで居る樣に川床全體が板を敷いた樣な岩であるため、その流はまことに清らかなものであるさうだが、今日は流石に濁つてゐた。濁つてゐるといふより、隨所に白い渦を卷き飛沫をあげて流れ下つてゐた。對岸の崖には山百合の花、萼《がく》の花など、雨に搖られながら咲きしだれてゐるのが見えた。その上に聳えた山には見ごとに若杉が植ゑ込んであつた。山の嶮しい姿と言ひ、杉の青みといひ、徂徠する雲といひ、必ず杜鵑《ほととぎす》の居さうな所に思はれたが、雨
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