ると髪が長い、浪花節だなとまた思ふ。女の方はずつと若く、綺麗な荒《すさ》んだ顔をしてゐた。
 むく/\動いて内儀さんが帰つて来た。そしてまた蜻蛉釣の子供を呼んで何やらむぐ/\言ひつけてゐる。やがて物を焼く匂ひがする。はゝア壷焼きだなと感づいた頃はもう好し悪しなしに燗のつくのが待ち遠かつた。
 案じてゐた程でもないと思ふと、直ぐまたあとを酒屋に取りにやつた。少しづつ酔の廻るにつけて、何となく四辺《あたり》が興味深く思ひなされて来た。矢張り初めの思ひ立ち通り此処に一晩泊つて帰らうか。それともこのまゝ一睡りして夕方かけて先刻《さつき》の路を歩かうか、浪花節語りと合宿も面白いかも知れぬ、肥つちよの内儀さんも面白さうだ、などと考えてゐると次第に静かな気持になつて来た。柱に凭《もた》れたまゝ斜めに仰ぐ空には高々と小さな雲が浮んで、庭さきの何やらの常磐樹の光も冷たく、自身をのみ取り巻いてゐるやうな単調な浪の音にも急に心づき、秋だ/\と思ふ心は酒と共に次第に深く全身を巡り始めた。またしても有明月の一首をどうかしてものにしたいと空しく心を費す。
 二度目の酒も終つた。飯も済んだ。泊らうか帰らうかの考へは
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