人は半白以上の白髮、あとの一人にもこの頃めつきりそれが見えだして來たといふ二人はわれさきにとその小さい粒の實を摘みとつてたべた。
八合目ほどの所の路ばたによく囀る眼白鳥《めじろ》の聲を聞いた。見れば其處の木の枝に籠がかけてあつた。見※[#「※」は「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11、読みは「まわ」、202−15]すと近くの木蔭に壯年の男がしやがんで險しい眼をして我等を見てゐた。聲をかけて通りすぎると程なく峠、丁度時間もいゝので用意の握飯を出して晝にした。私は半僧坊で二合壜を仕入れて來てゐたので先づそれにかゝつた。するとY――君も亦た一本とり出して、とても一本では足るまいと思つて……、と笑ひながら差出した。松の蔭で、あたりには遲い蕨などが萌え立つて居り、三河路の方から涼しい風が吹きあげて來た。
其處へ先刻の男が眼白籠を提げてやつて來た。そして變な顏をして立ちどまつてゐたが、其儘其處に坐つてしまつた。Y――君は持つてゐた盃をさしたが、酒は大嫌ひだとて受けなかつた。三十前後の屈強な身體で、眼尻のたるんだ、唇の厚ぼつたい男であつた。話好きと見え、ほゞ三四十分の間、一人で喋舌つてゐた。おめエたちは一體何處で何の身分で、何をしに斯んなところに來たのか、といふのが彼の話題の第一であつた。根掘り葉掘り訊いた上、
『どうも、さつぱり解らねエ。』
と諦めた。そして代りに自分自身の事を語り始めた。何處何處の生れで、何處其處とさんざ苦勞をした揚句、今では斯んな所に引つ込んで何とか線の線路工夫をしてゐると語つた。
『線路工夫……?』
と聞きとがめると、Y――君が、
『いゝエ、電燈線の線路工夫でせう、此頃この邊に引かれた電燈線があるのです。』
と説明した。
眼白でも飼はねばなア、斯んな山の中では何の樂しみもねエ、と言ひながら彼は立ちがけに、私のころがして置いた空壜を取りあげて、これ、貰つて行くよ、酢を入れとくにいゝからナ、とどんぶりに入れた。
我等も程なく其處を立つた。するとまた眼白籠が路ばたの枝に懸けられ、鳥ばかりが高音《たかね》を張つて、見※[#「※」は「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11、読みは「まわ」、204−6]してもその主人公はゐなかつた。
『ア、あんな所に!』
見れば成程、路から一寸離れた櫟《くぬぎ》や小松の雜木林の中に立ててある眞新しい電柱の上に登つ
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