二の句がつげなかつた。初めこの比叡山に登つて來たのは參詣のためでなく、見物でもなく、或る急ぎの仕事を背負つて來たのであつた。自分のやつてゐる歌の雜誌の編輯を今月は旅さきで濟ませねばならぬ事になり、東京から送つて來たその原稿全部をば三四日前既に京都で受取つてゐたのである。そして急いで京都でそれを片附けるつもりであつたが、久しぶりに行つた其處では同志の往來が繁くて、なか/\ゆつくりそんな事に向つてゐるひまが無かつた。印刷所に※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]さねばならぬ日限は次第に迫つて來るし、困つた果てに思ひついたのはこの山の上であつた。それは可からう、其處には宿院といふのがあつて行けば誰でも泊めて呉れるし、幾日でも滯在は隨意だし、と幾度びか其處に行つた經驗のある或る友人も私のその計畫に贊成して呉れたので早速私は重い原稿を提げて登つて來たのであつた。京都から大津へ、大津から汽船で琵琶湖を横切つて坂本へ、坂本から案外に嶮しい坂に驚きながらも久しぶりにさうした山の中に寢起きする事を樂しみながら、漸く斯うして辿り着いて來たのである。
 さうして斯ういふ思ひもかけぬ返事を聞いたので、私は
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