居る。窓に倚りかゝりながら、私はいよ/\耐へ難いさびしさを覺えて來た。そして、端なく京都の友人の言つてゐた言葉を思ひ出して、そそくさと部屋を出た。
案の如くその宿院から石段を一つ登れば一軒の茶店があつた。其處で私は二合入の酒壜を求めながら急いで部屋へ歸つて來た。出來るなら飯の時に飮み度いが、今通りすがりに見れば食堂といふ札の懸つてゐる大きな部屋があつた。飯は多分其處で大勢と一緒に喰べなくてはなるまいし、ことに寺院附屬のこの宿院で公然と酒を飮むのも惡からうと、壜のまま口をつけやうとしてゐるところへ、薄暗い窓のそとからひよつこり顏を出した者がある。十四五歳かと思はれる小柄の小僧である。
「酒買うて來て上げやうか。」
「酒……? 飮んでもいいのかい?」
「此處で飮めば解りアせんがナ。」
「さうか、では買つて來て呉れ、二合壜一本幾らだい?」
「三十三錢。」
それを聞きながらこの小僧奴一錢だけごまかすな、と思つた。たつた今三十二錢で買つて來たばかりなのだ。
「さうか、それ三十三錢、それからこれをお前に上げるよ。」
と、言ひながら白銅一つを投り出してやつた。
犬の樣に闇のなかに飛んで行つたが、直ぐまた裏庭から歸つて來て窓ごしにその壜をさし出した。
「燗をして來てあげやうか。」
「いや、これで結構だ。」
彼はそのまま窓に手をかけて立つてゐたが、
「酒好きさうな人やと思うてゐた。」
と言ひながら行つてしまうた。
苦笑しい/\私は手早くその冷たいのを一口飮み下した。二口三口と續けて行くうちに、次第に人心地がついて來た。窓の前の庭も今は全く暗く、遠くの峰に幾らか明るみが殘つてゐるが、麓の湖はもう見えない。筒鳥の聲もいまは斷えた。部屋はまだ闇のままである。なるやうになれ、と投げ出した心の前には却つてこの闇も親しい樣に思ひなされてゐたが、やがて廊下に足音が聞えて薄赤い洋燈を持つて入つて來た。先刻《さつき》の小僧である。思つたより更に小柄で、實に險しい顏をして居る。
翌朝は深い曇りであつた。窓もあけられぬ位ゐ霧がこめて、庭に出てみると雨だか木の雫だか頻りに冷たく顏に當る。
未練が出て今一度老婆に滯在のことを頼んでみたが生返事で一向|埓《らち》があかず、幾らか包んでやれば必ず效能があつたのだと、あとで合點が行つたが最初氣がつかなかつた。ことに朝飯の知らせに來た例の小僧が、滯在
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