ち開けた大きな沼澤が見渡されさうに水蒸氣を含んだ風がふいて、行々子《ぎやう/\し》が其處此處で鳴いてゐる。夜も鳴くといふことを初めて知つた。風呂から出て一杯飮み始めると水に棲むらしい夏蟲が斷間なく灯に寄つて來た。
 六月廿七日、近頃になく頭輕く眼が覺めた。朝飯を急いで直に仍《こゝ》から一里餘の香取神社へ俥を走らせた。降らう/\としながらまだ雨は落ちて來なかつた。佐原町を出外れると水々しい稻田の中の平坦な道路を俥は走る。稻田を圍んで細長い樣な幾つかの丘陵が續き、その中にとりわけて樹木の深く茂つた丘の上に無數の鷺が翔つてゐた。其處が香取の森であると背後から細野君が呼ぶ。
 參拜を濟ませて社殿の背後の茶店に休んでゐると鷺の聲が頻りに落ちて來る。枝から枝に渡るらしい羽音や枝葉の音も聞える。茶店の窓からは殆ど眞下に利根の大きな流れが見えた。その川岸の小さな宿場を津の宮といひ、香取明神の一の鳥居はその水邊に立つてゐる相だ。實は今朝佐原で舟を雇つて此津の宮まで廻らせて置き、我等は香取から其所へ出て與田浦浪逆浦を漕いで鹿島まで渡る積りで舟を探したのだが、生憎一艘もゐなかつたのであつた。今更殘念に思ひな
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