なつた。低く浮んだ雲の蔭に強い日光を孕んでをる梅雨《つゆ》晴の平原の風景は睡眠不足の眼に過ぎる程の眩しい光と影とを帶びて兩側の車窓に眺められた。散り/″\に並んだ眞青な榛《はん》の木、植ゑつけられた稚い稻田、夏の初めの野菜畠、そして折々汽車の停る小さな停車場には蛙の鳴く音など聞えてゐた。
 手賀沼《てがぬま》が、雜木林の間に見えて來た。印幡沼《いんばぬま》には雲を洩れた夕日が輝いてゐた。成田驛で汽車は三四十分停車するといふのでその間に俥で不動樣に參詣して來た。此處も私には初めてゞある。何だか安つぽい玩具の樣な所だと思ひながらまた汽車に乘る。漸く四邊は夜に入りかけてあの靄の這つてゐるあたりが長沼ですと細野君の指さす方には、その薄い靄のかげにあちこちと誘蛾燈が點つてゐた。終點の佐原驛に着いた時は、昨夜の徹夜で私はぐつすりと眠つてゐた。搖り起されて闇深い中を俥で走つた。俥はやがて川か堀かの靜かな流れに沿うた。流れには幾つかの船が泊つてゐて小さなその艫の室には船玉樣に供へた灯がかすかに見えてゐた。その流れと利根川と合した端の宿屋川岸屋といふに上る。二階の欄干に凭《もたれ》ると闇ながらその前に打
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