、それは可かつた、隨分久しぶりだつたね、たいへんな山ん中に引込んでるつてぢやないか。」
 と、母の背後から私と向合ひの爐邊に來た妹の方を見ていふと、
「え、たいへんな山ん中!」
 と、妙に力を入れて眉を寄せて、笑ひながら答へる。
 休暇に歸つて來てから一寸逢ふことは逢うたのであつたが、その時は仕事着のまゝの汚い風であつたのに、今夜は白のあつさりした浴衣がけで、髮にも櫛の目が新しく、顏から唇の邊にも何やら少しづつ匂はせて居るので、珍らしいほど美しく可憐に見ゆる。山家の娘でも矢張り年ごろになれば爭はれぬ處女《むすめ》らしい色香は匂ひ出て來るものだ。それに兩人ともツイ二三年前までは私の母が引取つてこの家で育てゝ居たので他の山家の娘連中同樣の賤しい風采はつゆほども無かつた。
「淋しいだらう!」
「え、だけど妾《あたし》なんか馴れ切つてゐるけれど……兄《あん》さんは淋しいで御ざんせう!」
「ウム、まるで死んでるやうだ。」
「マア、斯んな村に居て!」
 と仰山《ぎやうさん》に驚いて、
「だけれど、東京から歸つて來なさつたんだからねえ!」
 と何となく媚びるやうな瞳附で私の眼もとを見詰むる。さも丈夫相な、肉附もよく色の美しい娘で、勿論《もちろん》爭はれぬ粗野な風情《ふぜい》は附纒うて居るものゝ、この村内では先づ一二位の容色好《きりやうよ》しと稱へられて居るのであらう。そんな噂も聞いて居た。
「ア、ほんに、お土産を難有《ありがた》う御座んした。」
 と、丁寧に頭を下ぐる。
「氣に入つたかい?」
「入りやんしたとむ!」
 と、ツイ逸《はず》んで地方訛《なまり》を使つたので遽てゝ紅くなる。
「ハヽヽヽヽヽ、左樣か、それは可《よ》かつた、左樣か、入りやんしたか、ハヽヽヽ。」
 埓《らち》もなく笑ふので母も笑ひ、お兼も笑ふ。と、母が、
「マア、米坊よ、お前どうしたのだ、そんな處に一人坊主で、……もつと此方においでよ。」
 私も氣がついて振向くと、なるほど姉の方は窓際に寄りつきりで、先刻から殆ど一言も發せずに居る。
「オ、然《さ》うだ、如何したんだね米ちやん、もつと此方に出ておいでよ、寒いだらう、其處は。」
「エー」
 と長い鈍い返事をして、
「お月さんが………」
 云ひ終らずにおいて身を起しかけて居る。
「お月さん? 然うか、十七夜さんだつたな」
 と、私は何心なく立つて窓の側に行つて見た。首をつき出して仰いで見ても空は依然として眞闇だ。星のみが飛び/\に著く光つてる。
「戲談《じやうだん》ぢやない、まだ眞暗ぢやないか!」
「もう出なさりませう。」
 と、ゆる/\力無く言ひながら立上つて、爐の方に行つて、妹の下手に音無《おとな》しく坐る。氣が附けば浴衣はお揃ひだ、彼家《あすこ》にしては珍らしいことをしたものだと私は不思議に思つた。
「厭だよ姉さんは、もつと離れて坐んなれ!」
 と、妹は自身の膝を揃へながら、突慳貪《つつけんどん》に姉にいふ。
 すると母が引取つて、
「お前が此方においでよ、斯んなに空いてるぢやないか。」
 と、上から被つてゐる自身の夜着の裾を引寄せて妹に言ふ。千代は心もちその方にゐざり寄つた。お兼は母の意を受けて鑵子《くわんす》に水をさし、薪を添へた。
「姉さんの方が餘程小さいね。」
 と兩人を見比べて私がいふ。
 妹は姉を見返つてたゞ笑つてる。
「千代坊は精出して働くもんだから。」
 と、姉は愼しやかに私に返事して、
「お土産を私にも難有《ありがた》う御座んした。」
 と、これもしとやかに兩手をつく。
「ハヽヽヽヽヽ、これもお氣に入りやんしたらうね。」
 そのうち母の平常の癖で葛湯《くずゆ》の御馳走が出た。母自身は胸が支《つか》へてゐるからと言つて、藥用に用ゐ馴れて居る葡萄酒をとり寄せて、吾々にも一杯づつでもと勸むる。私はそれよりもといつて袋戸棚から日本酒の徳利を取出して振つて見ると、案外に澤山入つて居るので、大悦喜《おほよろこび》で鑵子の中へさし込む。お兼が氣を利かせて里芋の煮たのと味附海苔とを棚から探し出して呉れる。その海苔は遙々東京から友人が送つて呉れたものだ。
 二三杯立續けに一人で飮んで、さて杯を片手にさし出して皆を見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]しながら、
「誰か受けて呉んないかな!」
 と笑つてると、母も笑つて、
「千代坊、お前兄さんの御對手をしな。」
「マアー」
 と言つて、例の媚びるやうな耻しさうな笑ひかたをして、母と私と杯とを活々した輝く瞳で等分に見る。
「ぢや一杯、是非!」
 私はもう醉つたのかも知れない、大變元氣が出て面白い。強《あなが》ちに辭《いな》みもせず千代は私の杯を受取る。無地の大きなもので父にも私にも大の氣に入りの杯である。お兼はそれになみ/\と酌《つ》いだ。
 見て居ると、苦《にが》さ
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