ぼんやりと其處らを見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]してゐたが、また一つのものを見出した。丁度溪間の樣になつて眼前から直ぐ落ち込んで行つてゐる窪地一帶には僅かの間杉木立が途斷えて細長い雜木林となつてゐるが、その藪の中をのそり/\と半身を屈めながら何か探してゐる人がゐるのである。頭を丸々と剃つた大男の、紛ふ方なき寺男の爺さんである。それを見ると妙に私は嬉しくなつて大聲に呼びかけたが、案の定、彼は振向かうともしなかつた。
 後、庭に降りて筧の前で顏を洗つて居ると爺さんは青々とした野生の獨活《うど》を提げて歸つて來た。斯んなものも出てゐたと言ひながら二三本の筍をも取出して見せた。

 この××院といふのは比叡の山中に殘つてゐる十六七の古寺のうち、最も奧に在つて、また最も廢れた寺であつた。住持もあるにはあるが、麓の寺とかけ持ちで、何か事のある時のほか滅多には登つて來ず、年中殆んどこの寺男の爺さんが一人で留守居をして居るのである。四方唯だ杉の林があるのみで、しかも溪間の行きどまりになつた所に在るために根本中堂だの淨土院だの釋迦堂だの、または四明嶽、元黒谷などへ往來する參詣人たちも殆んど
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