するとその四軒の宿屋に七八百人の客が押しかける事があるといふ。私の行つた時はほぼその時期を過ぎてもゐたし、丁度蠶の出來が惡くて百姓たちも幾らか遠慮したと見え、それほどの賑ひを見ずにすんだ。白骨に行けばその年の蠶の出來榮が判るとまで謂はれてゐるのださうである。然し、行つた初めには私の宿屋にだけでも二百ほどの客が來てゐた。が、彼等は蠶が濟んで一休みすると直ぐまた稻の收穫にかゝらねばならぬので、永滞在は出來ない。五日か七日、精々二週間もゐれば歸つてゆく。初め意外な人數と賑ひとを見て驚いた私の眼にはやがて毎日々々五人十人づつ打ち連れて宿の門口から續いてゐる嶮しい坂路を降りてゆく彼等の行列を見送ることになつた。そして私自身その宿屋に別るゝ頃にはそのがらんどうの宿屋に早や十人足らずの客しか殘つてゐなかつた。
幾つか折れ込んだ山襞《やまひだ》の奧に當つてゐるので、場所の高いに似ず、殆んど眺望といふものがなかつた。唯、宿屋から七八町の坂を登つて、或る一つの尾根に立つと初めて打ち開けた四方の山野を見る事が出來た。竝び立つたとり/″\[#「とり/″\」は底本では「とり/\」]の山の中に、異樣な一つの山が
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