をゆらり/\と搖れてゆく小さな汽船の姿を想像してごらんなさい。

 正月ごとに私の此處に來ますのは、一つはその時に押懸けて來る所謂《いはゆる》年始客から逃るゝためでもあるのですが、本統はその頃此處に來てゐますと梅の花の咲き始めを見ることが出來るからです。
 年の寒さで多少の遲速はある樣ですが、先づ一月の十日には咲き出します。元日に來て既に庭に咲いてゐるのを見て驚いたこともあります。また、この土地にはこの木が非常に多い。一寸出ても家の垣根とか田圃の畔とか、かすかな傾斜を帶びた山の枯草原などに白々と咲いてゐるのが目につきます。或る古い寺があり、其處の竹藪の中にも咲いてゐます。
 梅の花はなか/\散らないもので、あとの方になるといかにも佗しい褪《あ》せざまを見せて來ます。山櫻の花などとは其處はすつかり違つてゐます。が、その咲き始める時はまことにいゝ。一りん二りん僅かに枝に見えそめた時の心持は全くありがたいものです。毎年のことですが、心がときめきます。

 梅の花と共にこのころ此處に來て眼につくのは橙です。また、夏蜜柑です。これも一軒の家には必ず二三本のその木があり、橙は赤く、夏蜜柑は黄いろく
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