どういふ言葉を用ゐてこのおほらかに高く、清らかに美しく、天地にたゞ獨り聳えて四方の山河を統《す》ぶるに似た偉大な山嶽を讚めたゝふることが出來るであらう。私は暫く峠の路の眞中に立ちはだかつたまゝ靜かに空に輝いてゐる大きな山の峯から麓を、麓から峯を見詰めて立つてゐた。(中略)
乙女峠の富士は普通いふ富士の美しさの、山の半ば以上を仰いでいふのと違つてゐるのを私は感じた。白妙に雪を被つた山巓《さんてん》も無論いゝ。が、この峠から見る富士は寧ろ山の麓、即ち富士の裾野全帶を下に置いての山の美しさであると思つた。かすかに地上から起つたこの大きな山の輪郭の一線はそれこそ一絲亂れぬ靜かな傾斜を引いて徐ろに天に及び、其處に清らかな山巓の一點を置いて、更にまた美しいなだれを見せながら一方の地上に降りて來てゐるのである。地に起り、天に及び、更に地に降る、その間一毫の掩ふ所なく天地の間に聳えて居るのである。しかもその山の前面一帶に擴がつた裾野の大きさはまたどうであらう。東に雁坂峠足柄山があり西に十里木から愛鷹山の界があり、その間に抱く曠野の廣さは正に十里、十數里四方にも及んでゐるであらう。なほしかもその廣大な原
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