見えて小波の飛沫が我等の爪先を濡らす樣になつた。では、そろ/\歸りませうか、と立ち上る拍子に彼は叫んだ。
『ア、見えます/\、いいですねヱ。』
 と。先刻《さつき》からまちあぐんでゐた富士が、漸くいま雲から半身を表はしたのだ。昨夜の時雨で、山はもう完全にまつ白になつてゐた。
『ほんたうにいゝ山ですねヱ、何と言つたらいゝでせう。』
 私はそれを聞きながら思はず微笑した。漸く彼が全てを忘れて、青年らしい快活な聲を出すのを聞いたからである。
 歸つて來ると、子供たちが四人、門のところに遊んでゐた。そして、
『ヤ、歸つて來た/\。』
 と言ひながら飛びついて來た。一人は私に、一人はその若い坊さんに、といふ風に。
『なぜ斯んな羽織を着てんの?』
 客に馴れてゐる彼等は、いつかもうその人に抱かれながらその墨染の法衣の紐を引つ張り、斯うした質問を出して若い禪宗の坊さんを笑はすほどになつてゐた。
 その翌朝であつた。日のあたつた縁側でいま受取つた郵便物の區分をしてゐると、中から一つの細長い包が出て來た。そしてその差出人を見ると、私は思はず若い坊さんを呼びかけた。
『これは面白い、昨日君に話した比叡山の
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