十五歳』と並べて書いてあるのであつた。
大正七年の初夏であつた。私は京都に遊んで、比叡山に登つてすぐ降りて來るといふでなく、暫く滞在したい希望で、山上の朝夕をいろいろ心に描きながら登つて行つたのであつた。登りついたのは夕方で、人に教はつてゐた通り、大勢の人を泊めて呉れるといふ宿院といふに行き、取次に出た老婆に滞在のことを頼んだ。ところが老婆の答は意外であつた。今はたゞ一泊の人を泊めてあげるだけで、滞在の人は一切泊めることはならぬ規則になつてゐるのぢや、といふのだ。イヤ、今までよく滞在させて貰つたといふ話を聞き、その積りで登つて來たので是非さうして貰ひたい、と頼むと、今までは今までや、ならんといふたらならんのぢや、といふ風で、まご/\するとその夜の泊りも許されまじい有樣となつた。止むなく、私はどうか今夜だけ、と頼んで漸く部屋に通された。老婆がその通り、給仕に出た小僧も亦た不愉快千萬な奴で、遙々樂しんで來たこの古めかしい山上の幻の影は埓《らち》もなくくづれてしまつた。
で、翌朝夜があけるのを待つて宿院を出た。すぐ下山しようとしたが、斯んな風では恐らく二度とこの山に登る氣にもなれまい、來たを幸ひ、普通一遍の見物だけでもやつて行かうと踵《きびす》を返して、根本中堂からずつと奧の方へ登つて行つた。當山の開祖傳教大師の遺骨を納めてあるといふ淨土院へゆく路と四明ヶ嶽へ行く路との分れ目の所に一軒の茶店のあるのが眼についた。その時のことを書いておいたものがあるのでその文章を此處に引いて見よう。
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ちやうど通りかかつた徑が峠みた樣になつてゐる處に一軒の小さな茶店があつた。動きやまぬ霧はその古びた軒にも流れてゐて、覗いてみれば薄暗い小屋の中で一人の老爺が頻りに火を焚いてゐる。その赤い火の色がいかにも可懷しく、ふら/\と私は立ち寄つた。思ひがけぬ時刻の客に驚いて老爺は小屋の奧から出て來た。髮も頬鬚も半分白くなつた頑丈な大男で、一口二口話し合つてゐるうちにいかにも人のいい老爺であることを私は感じた。そして言ふともなく昨夜からの愚痴を言つて、何處か爺さんの知つてる寺で、五六日泊めて呉れる樣な所はあるまいか、と聞いてみた。暫く考へてゐたが、あります、一つ行つてきいて見ませう、だが今起きたばかりで、それに御覽のとほり私一人しかゐないのでこれからすぐ出かけるといふわけにはゆ
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