松のことで、眞直ぐにしやんと坐つてゐることも出來なかつた。前くぐみになりながら片手に持つた小壜の酒は不思議な位ゐ減りかたが遲かつた。壜を持つたまゝ、片手で新聞包を開いて澤庵をつまみ握飯にも手をつけるのだが、それでもなか/\盡きなかつた。
次第にあたりの松の葉が濡れて行つた。それ/″\の小松のそれ/″\の枝のさきにはいづれにも今年の新しいしん[#「しん」傍点]がほの白く伸びてゐる。淡い緑のうへに白い粉を吹いた樣なその柔かなしん[#「しん」傍点]のさきにはまた、必ず桃色か紅色の小さな玉が三つ四つづつ着いてゐた。露ほどの大きさで紅色の美しいのもあり、既に松かさの形をして紅ゐの褪《あ》せてゐるのもあつた。それに微かに雨がそゝいでゐるのである。また、枯草の中には眞紅なしどみの花が咲いてゐた。濡れた地べたにくつ着いたまゝ、勿體《もつたい》ない清らかな色に咲いてゐる。
帽子のさきに垂れてゐる松の葉のさきからぼつり/\と雫が垂りだした。まだ然し羽織の袖は充分には濡れて來ない。幾度かすかして見る壜の底にはまだ少量の酒が殘り、寧ろ海苔の握飯の方が先に盡きかけた。心はいよ/\靜かに明るく、あたりの木も草
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