山で峻しい坂に欝蒼と樹木が茂り、その茂みの中には他處《よそ》から引かれたのでせう、きれいな岩を傳うて愛らしい瀧となつて流れ落ちてゐました。
 少し位ゐなら歩き度いとの事で食事後、打ち連れて近所を散歩しました。宿から一二町も歩くとすぐ眞青な稻田で、稻田の向うに溪が流れてゐました。もう八月に入つてゐましたに何といふ螢の多さだつたでせう、稻田のうへ一面、それこそ歩いてゐる我等の顏にも來てあたりさうに、點りつ消えつ靜かに/\まひ遊んでゐるのです。それでゐて私にはたゞ美しいとか見ごとだとかいふより何やらしみじみした寂しいものに眺められたのでした。矢張りもう秋の螢といふ樣な感じが何處かに動いてゐたに相違ありません。螢の話、歌の話など、一つ二つ語り合つてほど/\に宿に歸り、やがて私は私の部屋に引き上げました。部屋は築山や池を斜めにF――さんの所と向き合つてゐました。そとから入れば流石に部屋は暑苦しく、一度入つた蚊帳から出て、縁側に腰をかけてゐると、山から降りてくるひやゝかな風、瀧のひゞき……
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みじか夜をひびき冴えゆく築庭《つきやま》の奧なる瀧に聽き恍《ほ》けてゐる
燈火のとど
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