代つてその夥しい落葉を拾ひ始めたのは、
私の年若な書生だ。
耳のとほい無口な小柄な彼は、
誰に云ひつけられたでなく、
その木の蔭にしやがんでは、
ひつそりと拾ひとつて塵取の中に入れた。
いよいよ散る眞盛りとなると、
彼も終《つひ》ににや/\と笑ひながら、
熊手を持つて來て、
うるほひ渡つた青苔を剥がぬ樣に、
その上にうづだかい落花を掻き寄せた。
その庭は、
離室《はなれ》の私の書齋からよく見える。
苔に落ちた花も見え、
枝垂《しだ》れ咲いた軒端の花もよく見えた。
子供の拾ふのも可愛いゝと見、
書生の拾ふのもいとしいと見てゐた。
が、
流石にその夥《おびただ》しい花も散り盡くる時が來た。
一朝ごとに減つてゆくその落葉をば、
いつか書生も捨ておく樣になつた。
けふ、
ふと私はその庭におりて行つて、
柘榴の木の下に立つた。
減つたとは云つてもまだ其處等一面に花びらは散つてゐた。
ただ古び朽ちてきたなくなつただけだ。
茂つた老木の枝には、
これはまたおもひのほかに、
殘つてゐる實がすくない。
みな今年のは空花《あだばな》であつたらしい。
柘榴の茂み檜葉の茂みを透いて、
紺の色の空が見えた。

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