鯛を取つて、これも折からの雨に濡れながら松蔭の海人の小屋で、さま/″\に料理して貪り喰うた事も忘れ難い。夜に入つて小松ばかりの島山の峯づたひに船着場まで歸らうとすると、ちやうど晴れそめた望《もち》の夜の月が頭上にあつた。うち渡す島から島への眺めに時を忘れて、定期の發動機船に乘り遲れ、わざ/\小舟をしたてゝ備前路までその月の夜を漕がせた事をも思ひ出す。
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繁山の岬のかげの八十島《やそしま》をしまづたひゆく小舟ひさしき
したたかにわれに喰はせよ名にし負ふ熊野が浦はいま鰹時
むさぼりて腹な破りそ大ぎりのこれの鰹の限りは無けむ
琴彈の濱の松かぜ斷えぬると見れば沖邊を雨のゆくなり
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 山や海の事ばかり書いてゐた。京都の嵯峨から御室、嵐山から清涼寺大覺寺を經て仁和寺《にんなじ》に到るあたりの青葉若葉の靜けさ匂はしさを何に譬へやう。單に青葉若葉と云はない、あのあたり一面におほい松の林の松の花、蕪村《ぶそん》が歌うた
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若竹やゆふ日の嵯峨となりにけり
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 の篁《たかむら》つゞきの竹の秋の風情《ふぜい》、思ひ起
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