さびしがらせよ閑古鳥
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 芭蕉の閑古鳥はたしかに郭公鳥の事であらねばならぬ。東北の或る地方ではまたこの鳥を豆蒔鳥とも呼ぶさうだ。ソレあの鳥が啼く、豆を蒔けといふのであらう。いゝ名だとおもふ。
 海も強《あなが》ちにいけないのではない。海ならば岬が好きだ。また、島もいゝ、入江も若葉にふさはしく、奧深い港もこの頃靜かである。外洋そのものはどうも秋の風の冴えた頃がいゝ樣に思はれる。
 紀州の熊野浦、勝浦の港に入らうとする頃であつた。五月雨の雲の斷間に遙かの山腹に奈智の瀧の見えた時の感興を忘れ得ない。そしてその勝浦港の港口、崎山の茂みの蔭にある赤島温泉に二三日雨に降りこめられながら鰹の大漁に舌鼓を打つたことも思ひ出さるゝ。
 瀬戸内海の中でも鯛漁の本場だと言はれてゐる備前沖の直島に鯛網を見に行つたも五月であつた。島は極めて小さい島だが、其處に崇徳上皇の流され給うた遺跡があつた。島の八幡宮の神官に案内せられて其處へ行くと、何のそれらしい面影もなく、たゞ一面に小松の立ち並んでゐる浪打際の山の蔭であつた。伸び揃うた小松のしんの匂ひが寂しい心を誘ふのみであつた。琴彈濱といふ所で
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