纒めて見たいと思ひついた。そして荷物を解いてノートを取り出し一首々々清書し始めたのであつたが、それは私にとつて意外にも苦しい事業である事を知つた。郷里の一年間は異樣に緊張した感傷的な、また思索的な時間を私に送らせたのであつた。だから詠んだ歌にしろ、いつか平常の埒《らち》を放れて一首が四十四五文字もある樣なものになつたり、雅語から離れて口語になつたり、今までにない變體なものばかりが出來てゐた。それを、その郷里から離れてそんな一つの島の岸の靜かな所で見直し始めたので、周圍の環境が急變したゝめに、己れ自身自分の心の姿に驚いたのであつた。一首を寫し二首を清書してゐるうちに、全く息のつまる樣な苦しさを覺えて來た。後には飯が食へなくなつた。それを見て三浦君がひどく心配し、では私が清書しませうと云つて、大半彼が代つて寫しとつて呉れたのであつた。それを持つて上京して、當時『ホトトギス』を發行してゐた籾山書店に頼んで出版したのが『みなかみ』であつた。この歌集は私のものゝ中でも最も記念すべきものである樣に思はるゝ。その前の『死か藝術か』あたりから多少づつ變りかけてゐた私の詠歌態度が、この集に於て實に異樣に
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