の隅に折から一挺の大鎌ありなんぢが意志をまぐるなといふが如くに
新たにまた生るべしわれとわが身に斯くいふ時涙ながれき
あるがままを考へなほして見むとする心と絶對に新しくせむとする心と
ともし斯くもするはみな同じやめよさらばわれの斯くして在るは
いづれ同じ事なり太陽の光線がさつさとわが眼孔《がんこう》を拔け通れかし
感覺も思索も一度切れてはまたつなぐべからず繋ぐべくもあらず
日を浴びつつ夜をおもふは心痛し新しき不可思議に觸るるごとくに
言葉に信實あれわがいのちの沈默よりしたたり落つる言葉に
さうだあんまり自分の事ばかり考へてゐたあたりは洞穴《ほらあな》の樣に暗い
自分の心をほんたうに自分のものにする爲にたび/\來て机に向ふけれど
自分をたづぬるために穴を掘りあなばかりが若し殘つたら
何處より來れるやわがいのちを信ぜむと努むる心その心さへ捉へ難し
眼をひらかむとしてまたおもふわが生《よ》の日光のさびしさよ
死人の指の動くごとくわが貧しきいのちを追求せむとする心よ
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といふ樣なのがあるかと思へば、また、
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ふと觸るればしとどに搖れて影を作る紅ゐの薔薇よ冬の夜のばらよ
開かむとする薔薇散らむとするばら冬の夜の枝のなやましさよ
靜かにいま薔薇の花びらに來ていこへるうすきいのちに夜《よる》の光れり
傲慢なる河瀬の音よ呼吸《いき》烈しき灯《ひ》の前のわれよ血の如き薔薇よ
悲しみと共に歩めかし薔薇悲しみの靴の音をみだすなかればらよ
吸ふ息の吐く息のわれの靜けさに薔薇の紅ゐも病めるがごとし
むなしきいのちに映りつつ眞黒き珠の如く冬薔薇の花の輝きてあり
われ素足に青き枝葉《えだは》の薔薇を踏まむ悲しきものを滅ぼさむため
薔薇に見入るひとみいのちの痛きに觸るる瞳冬の日の午後の憂鬱
古びし心臟を捨つるが如くひややかに冬ばらの紅ゐに瞳向へり
愛する薔薇をむしばむ蟲を眺めてあり貧しきわが感情を刺さるる如くに
灯を消すとてそと息を吹けば薔薇の散りぬ悲しき寢醒の漸く眠りを思ふ時に
この冬の夜に愛すべきもの薔薇ありつめたき紅ゐの郵便切手あり
やや深き溜息をつけば机の上眞青のばらの葉が動く冬の夜
ラムプを手に狹き入口を開けば先づ薔薇の見えぬ深き闇の部屋に
餘り身近に薔薇のあるに驚きぬ机にしがみつきて讀書してゐしが
忘れものばかりしてゐる樣なおちつきのない男
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