いふ村があつた。十四五軒の家がばらばらに立つてゐるといふ風な村であつたが、その中の三四軒で、男とも女ともつかぬ風態をした人たちが大きな竈に火を焚いてせつせと稗を蒸してゐた。
越後境に近い山の中に在る法師温泉といふへ、上州の沼田町から八九里の道を歩いて登つて行つたことがある。もう日暮時で、人里たえた山腹の道を寒さに慄へながら急いでゐると不意に道上で人の咳《しはぶ》く聲を聞いた。非常に驚いて振仰ぐと、畑ともつかぬ畑で頻りと何やら眞青な葉を摘んでゐる。よく見ればそれは煙草[#「煙草」は底本では「煙葉」]の葉であつた。
下野に近い片品川の上流に沿うた高原を歩いた時、その邊の桑の木は普通の樣に年々その根から刈り取ることをせず、育つがまゝに育たせた老木として置いてある事を知つた。だから桑の畑と云つても實は桑の林と云つた觀があつた。その桑の根がたの土をならしてすべて大豆が作つてあつた。すつかり葉の落ちつくした桑の老木の、多い幹も枝も空洞になつてゐる樣なのゝ連つた下にかゞんでぼつ/\と枯れた大豆を引いてゐる人の姿は、何とも言へぬ寂しい形に眺められた。
今度通つた念場が原野邊山が原から千曲の谷秩父
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