人男が奧から馳け出して來て私の前に突つ立つた。その眼は妙に輝いて、聲まで逸《はず》んでゐる。貴下《あなた》は東京の人だらう、と言ひながら頭の頂上《てつぺん》から爪先まで見上げ見下してゐる。何氣なく左樣だと答へると、何日にあちらを立つたと訊く。ありのままに答へると、さもこそと云はむばかりに獨り合點して更に何處から何處を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つてゐたかと愈々勢込んで來た。そのうちに奧からも勝手からもぞろぞろと家族らしいもの女中らしいものが出て來た。その上、先刻《さつき》から店さきに休んでゐた同じく奈智行らしい一行の人たちも立つてこちらを覗き込んで來た。私は何とも知れぬ氣味惡さを感じながら無作法に自分の前に突つ立つてまじ/\と顏を覗き込んでゐる痩せた、脊の高い、眼の險しい四十男を改めて見返さざるを得なかつた。そして簡單に京都大阪奈良と答へてゐると、急に途中を遮つて、高野山に登つたらうと言ふ。まことに息を逸ませてゐる。私はもう素直に返事するのが不快になつた。で、左樣《さう》だ、と言つた。實は其處には登る筈ではあつたが登らずに來たのであつた。それを聞くとその男は愈々安心したと
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