るのも忘れて甲板に突つ立つてゐると、ふと私は或事を思ひ出した。そして心あての方角を其處此處と見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]してゐると、果してそれらしいものが眼に入つた。深く閉した雲の下に山腹が點々と表れてその殆んど眞中あたりに、まことに白々として見えて居る。奈智の瀧である。勝浦の港に入る時には氣をつけよ、側で見るより寧ろいいかも知れぬからと、曾て他から注意せられて來たその奈智の大瀧である。なるほどよく見える。そして思つたよりも山の低いところにその瀧は懸つてゐるが、何といふことなく難有《ありがた》いものを見る樣な氣持で、私は雨に濡れながら久しくそれに見入つてゐた。
入つて見れば此處の港は意外な廣さを持つて居る。双方から蜒曲して中の水を抱く樣に突き出た崎の先には、例の島や岩が樹木の茂りを見せながら次々と並んで、まるで山中の湖水の樣な形になつて居る。そして深さもまた深いらしく、次第に奧深く入り込んだ汽船はたうとう棧橋に横づけになつてしまつた。熊野一の港だと聞いたがなるほど道理《もつとも》だと思ひながら、洋傘《かうもり》をさし、手提をさげてぼんやりと汽船から降りた。降りたには降
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