がよく讀めたと云つては、ありもせぬ小道具の中などから子供の好きさうなものを選り出して惜しげもなく自分に呉れてゐた。飮仲間の父に對つてはいつも自分のことを賞めそやして、貴君《あなた》は少し何だが、御子息はどうして中々のものだ、末恐しい俊童だ、精一杯念入にお育てなさるがいゝ、などと口を極めて煽《おだ》てるので、人の好い父は全くその氣になつてしまひ、いよいよ甘く自分を育てた。
 學校に於ける大立者は常に自分であつた。自身の級の首席なるは勿論のこと、郡長郡視學の來た時などの送迎や挨拶、祝日の祝詞讀みなども上級の者をさしおいて、幼少の矮小の自分が獨りで勤めてゐた。で、自づと其處等に嫉妬猜疑の徒が集り生ぜざるを得ない。そしてその組の長者と推薦せられたのは、矢野初太郎といふ一少年であつた。
 初太郎は自分に二歳の年長、級も二級うへであつた。その父は博勞《ばくらう》で、博徒《ばくちうち》で、そして近郷の顏役みたやうなことをも爲てゐた。初太郎はその父とは打つて變つた靜かな順良な少年で、學問も誠によく出來た。田舍者《ゐなかもの》に似合はぬ色の白い、一寸見には女の子のやうで身體もあまり強くなかつた。以前は自分もよく彼に馴染《なじ》んで、無二の親友であつたのだが今云ふ如く自分の反對黨のために推されて、その旗頭の地位に立つに及び小膽者の自分は飜然《ほんぜん》として彼を忌み憎み、ひそかに罵詈《ばり》中傷の言辭を送るに忙しかつた。
 それやこれやで、初太郎の自分に對する感情も以前《もと》の通りであることは出來難くなり、自然自分を白眼視《はくがんし》するに至つた。なほそれで止らず、この感情はわが一家と彼の一家との間に關係するに至つた。その頃、博奕《ばくち》で儲けあげて村内屈指の分限《ぶげん》であつた初太郎の父は兼ねて自分の父などが、常々「舊家」といふを持出して「なんの博勞風情が!」といふを振※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]すのが癪《しやく》に障つて耐《たま》らなかつた所であつたので、この一件が持上るに及び、忽ち本氣《むき》になつて力《りき》み出した。そして萬事につけ敵愾心《てきがいしん》を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]むに至つた。小さな村のことではあり、このことは延《ひ》いて一村内の平和にも關係を及ぼさうかといふ勢になつた。で、當の兩個《ふたり》
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