片二片のありとも見えぬ薄雲のなかに美しう宿つて居る。この女はいま心の中で父親の死んだといふことよりも、夢の合つたのを珍しがつて居るのかも知れない。
 階下《した》ではまだ子供が騷いで居る。そして姉の方が妹から追はれたと見えて、きやつ/\言ひ乍ら母を呼んで階子段《はしごだん》を逃げ登つて來ようとする。
「來るでない!」
 と言ひ乍ら細君は立つて、子供と共に下に降りて行つた。
 あとで兩人《ふたり》はやや暫く無言に眼を見合せてゐた。自分は微笑んで、友はさも情無《なさけな》いといふ風で。
「如何だ、實にどうも!」と友。
「ウフ! 流石に驚いたね!」と自分。
 友はいま細君の降りて行つた階子段の方を見送つてゐたが、
「あれでも矢張り生きて居る……」
 と、獨言《ひとりご》つやうに言つた。
 自分もその薄暗い階子段を眺めてゐて、何となく眼のさきの暗くなるやうな氣持になつて來た。
 と、友は
「どうしても普通《なみ》の人間では無い。不具《かたわ》では……白痴《ばか》では無論ないけれども確に普通《なみ》ではない。あれで人間としての價値があるだらうか。」
「價値?」
「價値といふと可笑しいが、意味さ、
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