つて來ると、初めてそれに氣がついたやうに、それからはまた幾久しく一本調子にその一種の野菜が膳に上る。それも時に料理法でも變へるなどといふことは決してないのである。)食器類その他の不潔だといふこと、何だかだと新しくもないことを言ひ合つてゐたが、それにも倦んで、やがては兩人《ふたり》とも默り込んでしまつた。子供の高い聲と細君の例の調子の笑ひ聲とが、また耳に入つて來た。
「あれを聞くと、僕は一種言ひ難い冷氣を感ずる。」
と、突然友は自分の方に寢返りして言つた。丁度自分もそれを感じてゐたところであつたので、無言に點頭《うなづ》いた。
斯くするうち漸く階子段の音がして、細君は鐵瓶を持つて二階に昇つて來た。そしていつものやうに無言に其處にそれを置いて降りて行くだらうと思つて居ると、火鉢の側に一寸膝を下したまま、襷《たすき》に手をかけながら、いかにも珍奇な事實を發見したといふ風に微笑を含んで、
「不思議なこともあるものですわねえ。」
と、さも不思議だといふ風に兩人《ふたり》をゆつくり[#「ゆつくり」に傍点]と見比べる。兩人とも細君の顏を見てそして次の句を待つてゐたが、容易に出ないので、待ちかねて友は訊いた。
「如何かしたのですか。」
「先日《こなひだ》、妾《わたし》は夢を見ましたがね、郷里《くに》で親類中の者が集つて何かして居るところを見ましたがね、何をして居るのやら薩張り解らなかつたのでしたがね……」
と、一寸句を切つて
「そしたら先刻《さつき》郷里《くに》の弟から葉書を寄越しましたがね、父親《ちち》が死んだのですつて。」
「エ、お父樣が、誰方《どなた》の?」
「妾《わたし》の父親《ちち》ですがね、十日の夕方に死んだ相ですよ……。それも去年|妾《わたし》共は東京《こちら》に來た時一度知らしたままでまだ郷里《くに》の方にはこちらに轉居したことを知らしてやらなかつたものですから、以前の所あてに弟が葉書を寄越したものと見えて附箋附きで先刻《さつき》それが屆きました。」
「貴女《あなた》のお父樣ですか?」
友は自己の耳を疑ふやうに眼《め》を眞丸《まんまる》にして訊き返して居る。
「エヽ。」
と、細君は、まだ何か言ふだらうかと云ふ風に友を見詰めて居る。
「さうですか、それはどうも飛《と》んでもない事でしたね、嘸《さ》ぞ……」
と自分は起き直つて手短かに弔詞《くやみ》を述べた。
が、斯ういふ具合に述べ立てらるると、世に一人の父親が死んだといふ大きな事實はどうしても頭の中に明らかに映つて來ないので、自然形式的の挨拶しか出て來ない。それでも、其場のつくろひに、まだそれほどのお年でもなかつたでせうに、などと言ふと、
「エ、今年で五十七か八か九かでしたよ。イエもう妾《わたし》は去年家を出る時にお別れのつもりで居ましたから、どうせ斷念《あきら》めてはゐました。」
と、例の悟つた風をわざ/\しいやうに現して見せる。いよ/\こちらでも愁傷げに裝ふことすら出來にくい。友はまた驚き切つたといふ風に一語をも發せずに居る。微かな風が窓から流れてランプの白い灯《ひ》がこころもち動いて居る。黄昏《たそがれ》の靜けさはそぞろに室に充ちて居る。
「それでも……さうですな、さう言へばさうですけれど、……阿父《おとう》さんの方で會ひたかつたでせう。」
「それはね、少しは何とか思つたでせうけれど、……思つたところで仕樣のないことなのですからねえ。」
と、また微笑《ほほゑ》まうとする。
「阿母さんはまだお達者なのですか。」
自分は今度は他のことを訊いてみた。
「エ、彼女《あれ》こそ病身なんですが、まだ何とも音信《たより》がありません。」
「お寂しいでせうな、その阿母樣が。」
突然友が口を入れた。
「エ、それはね、暫くは淋しうございませうよ。」
「貴女《あなた》も寂しうございませう。」
にや/\しながら彼《かれ》は自分の方を見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]してゆるやかに斯う言つた。でも彼女《かれ》は頗る平氣で、
「エ、でもね、どうせ女は家を出る時が別離《わかれ》だと言ひますから……」
「で、お歸國《かへり》にでもなりますか、貴女《あなた》は?」
自分は見かねてまた彼女《かれ》の話の腰を折つた。
「アノ良人《うち》では歸れと言ひますけれど、歸つたところでね……それに十日に死んだとしますと今日はもう十四日ですから……今から歸つたところで仕樣もありませんし……」
「お墓があるではありませんか。それにその病身の阿母さんも待つておゐでではありませんか。」
耐《たま》りかねたといふ樣子で友は詰《なぢ》るやうに言つた。
「さうですね、それはさうですけれど……」
と、苦もなく言つて、茫然《ぼんやり》窓越しに向うの空を眺めて居る。暮れの遲い空には尚ほ一抹の微光が一
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