で煮炊をしてたべてゐる事などを。
丸沼のへりを離れると路は昨日終日とほく眺めて來た黒木の密林の中に入つた。樅、栂、などすべて針葉樹の巨大なものがはてしなく並び立つて茂つてゐるのである。ことに或る場所では見渡す限り唐檜のみの茂つてゐるところがあつた。この木をも私は初めて見るのであつた。葉は樅に似、幹は杉の樣に眞直ぐに高く、やゝ白味を帶びて聳えて居るのである。そして賣り渡された四十五萬圓の金に割り當てると、これら一抱へ二抱への樹齡もわからぬ大木老樹たちが平均一本六錢から七錢の値に當つてゐるのださうだ。日の光を遮つて鬱然と聳えて居る幹から幹を仰ぎながら、私は涙に似た愛惜のこころをこれらの樹木たちに覺えざるを得なかつた。
長い坂を登りはてるとまた一つの大きな蒼い沼があつた。菅沼と云つた。それを過ぎてやゝ平らかな林の中を通つてゐると、端なく私は路ばたに茂る何やらの青い草むらを噴きあげてむくむくと噴き出てゐる水を見た。案内人に訊ねると、これが菅沼、丸沼、大尻沼の源となる水だといふ。それを聞く私は思はず躍り上つた。それらの沼の水源と云へば、とりも直さず片品川、大利根川の一つの水源でもあらねばなら
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