で、一抱へに近い樣な大きな木が畑一面に立ち並んでゐるのである。老梅などに見る樣に半ばは幹の朽ちてゐるものもあつた。その大きな桑の木の立ち竝んだ根がたにはおほく大豆が植ゑてあつた。既に拔き終つたのが多かつたが、稀には黄いろい桑の落葉の中にかゞんで、枯れ果てたそれを拔いてゐる男女の姿を見ることがあつた。土地が高いだけ、冬枯れはてた木立の間に見るだけに、その姿がいかにも佗しいものに眺められた。
そろ/\暮れかけたころ東小川村に入つて、其處の豪家C―を訪うた。明日下野國の方へ越えて行かうとする山の上に在る丸沼といふ沼に同家で鱒の養殖をやつてをり、其處に番小屋があり、番人が置いてあると聞いたので、その小屋に一晩泊めて貰ひ度く、同家に宛てゝの紹介状を沼田の人から貰つて來てゐるのであつた。主人は不在であつた。そして内儀から宿泊の許諾を得、番人へ宛てゝの添手紙を貰ふ事が出來た。
村を過ぎると路はまた峽谷に入つた。落葉を踏んで小走りに急いでゐると、三つ四つ峰の尖りの集り聳えた空に、望《もち》の夜近い大きな月の照りそめてゐるのを見た。落葉木の影を踏んで、幸に迷ふことなく白根温泉のとりつきの一軒家になつ
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