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 生須村を過ぎると路はまた單調な雜木林の中に入つた。今までは下りであつたが、今度はとろりとろりと僅かな傾斜を登つてゆくのである。日は朗らかに南から射して、路に堆い落葉はからからに乾いてゐる。音を立てゝ踏んでゆく下からは色美しい栗の實が幾つとなく露はれて來た。多くは今年葉である眞新しい落葉も日ざしの色を湛へ匂を含んでとり/″\に美しく散り敷いてゐる。をり/\その中に龍膽《りんだう》の花が咲いてゐた。
 流石に廣かつた林も次第に淺く、やがて、立枯の木の白々と立つ廣やかな野が見えて來た。林から野原へ移らうとする處であつた。我等は双方からおほどかになだれて來た山あひに流るゝ小さな溪端を歩いてゐた。そして溪の上にさし出でて、眼覺むるばかりに紅葉した楓の木を見出した。
 我等は今朝草津を立つときからずつと續いて紅葉のなかをくゞつて來たのである。楓を初め山の雜木は悉く紅葉してゐた。恰も昨日今日がその眞盛りであるらしく見受けられた。けれどいま眼の前に見出でて立ち留つて思はずも聲を擧げて眺めた紅葉の色はまた別であつた。楓とは思はれぬ大きな古株から六七本に分れた幹が一齊に溪に傾いて伸びて
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