揉みの音が起り、唄が聞えて來る。
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たぎり沸《わ》くいで湯のたぎりしづめむと病人《やまうど》つどひ揉めりその湯を
湯を揉むとうたへる唄は病人《やまうど》がいのちをかけしひとすぢの唄
上野《かうづけ》の草津に來り誰も聞く湯揉の唄を聞けばかなしも
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十月十九日
降れば馬を雇つて澤渡《さわたり》温泉《おんせん》まで行かうと決めてゐた。起きて見れば案外な上天氣である。大喜びで草鞋を穿く。
六里ヶ原と呼ばれてゐる淺間火山の大きな裾野に相對して、白根火山の裾野が南面して起つて居る。これは六里ヶ原ほど廣くないだけに傾斜はそれより急である。その嶮しく起つて來た高原の中腹の一寸した窪みに草津温泉はあるのである。で、宿から出ると直ぐ坂道にかゝり、五六丁もとろ/\と登つた所が白根火山の裾野の引く傾斜の一點に當るのである。其處の眺めは誠に大きい。
正面に淺間山が方六里に渡るといふ裾野を前にその全體を露はして聳えてゐる。聳ゆるといふよりいかにもおつとりと双方に大きな尾を引いて靜かに鎭座してゐるのである。朝あがりのさやかな空を背景に、その頂上からは純白な煙が
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