れに續いて聞えて來る湯揉みの音、湯揉みの唄。
私は彼を誘つてその時間湯の入口に行つた。中には三四十人の浴客がすべて裸體になり幅一尺長さ一間ほどの板を持つて大きな湯槽の四方をとり圍みながら調子を合せて一心に湯を揉んでゐるのである。そして例の湯揉みの唄を唄ふ。先づ一人が唄ひ、唄ひ終ればすべて聲を合せて唄ふ。唄は多く猥雜なものであるが、しかもうたふ聲は眞劍である。全身汗にまみれ、自分の揉む板の先の湯の泡に見入りながら、聲を絞つてうたひ續けるのである。
時間湯の温度はほゞ沸騰點に近いものであるさうだ。そのために入浴に先立つて約三十分間揉みに揉んで湯を柔らげる。柔らげ終つたと見れば、各浴場ごとに一人づつついてゐる隊長がそれを見て號令を下す。汗みどろになつた浴客は漸く板を置いて、やがて暫くの間各自柄杓を取つて頭に湯を注ぐ。百杯もかぶつた頃、隊長の號令で初めて湯の中へ全身を浸すのである。湯槽には幾つかの列に厚板が並べてあり、人はとりどりにその板にしがみ附きながら隊長の立つ方向に面して息を殺して浸るのである。三十秒が經つ。隊長が一種氣合をかける心持で或る言葉を發する。衆みなこれに應じて「オオウ」と
前へ
次へ
全69ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
若山 牧水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング