であった。
「どうしてもあの蠅だ。なぜあの蠅だか知らないが、あれより外《ほか》に怪しい材料が見当らないのだ!」
 そう叫んだ彼は、セオリーを超越《ちょうえつ》して、梯子《はしご》を持ってきた。それから危い腰付でそれに上ると、天井へ手を伸ばした。蠅は何の苦もなくたちまち彼の指先に、捕《とら》えられた。しかしなんだか手触《てざわ》りがガサガサであって、生きている蠅のようでなかった。
「おや。――」
 彼は掌《てのひら》を上に蠅を転がして、仔細《しさい》に看《み》た。ああ、なんということであろう。それは本当の蠅ではなかった。薄い黒紗《こくしゃ》で作った作り物の蠅だった。天井にへばりついていたために、下からは本当の蠅としか見えなかったのだ。だが誰が天井にへばりついている一匹の蠅を、真物《ほんもの》か偽物《にせもの》かと疑うものがあろうか。
(誰が、なんの目的で、こんな偽蠅《にせばえ》を天井に止まらせていったのだろう!)
 彼は再び天井を仰《あお》いでみた。
「おや、まだ変なものがある!」
 よく見ると、それは蠅の止まっていたと同じ場所に明いている小さな孔《あな》だった。どうして孔が明《あ》いて
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