。友人のところへ猟銃《りょうじゅう》を借りにゆく手はあるんだが、既にもう間に合わなかった。そんなに愚図愚図《ぐずぐず》手間どっていると、この蠅は象のように大きくなってしまうことだろう。
狼狽《ろうばい》と後悔《こうかい》との二重苦のうちに、私は不図《ふと》一つの策略を思いついた。それはすこし無鉄砲なことではあったが、この上は躊躇《ちゅうちょ》している場合ではない。――と咄嗟《とっさ》に腹を極《き》めた私は、赤いレッテルの生長液の入った壜をとりあげて栓を抜くと、グッと一《ひ》と息《いき》に生長液を嚥《の》んだのであった。
たちまち身体の中は、アルコールを炊《た》いたような温かさを感じた。と思ったら私の身体はもうブツブツ膨《ふく》れはじめた。シャボン玉のように面白いほど膨らみ始めた。
あの親蠅はと見ると、先程に比べてなるほど小さく見えだした。これは私の身体が大きくなったのでそう見えるのであろう。室内の調度に比べると、彼《か》の蠅は土佐犬《とさいぬ》ほどの大きさになっているらしかった。大量の生長液を飲んだせいで私は尚《なお》もグングン大きくなっていった。そのうちに親蠅は私の両手でがっちりつかめそうになった。
「よオし、こいつが……」
私はたちまち躍りかかると、親蠅の咽喉《のど》を締めつけた。蠅は大きな眼玉をグルグルさせ、口吻《こうふん》からベトベトした粘液《ねんえき》を垂らすと、遂《つい》にあえなくも、呼吸が絶《た》えはてた。そしてゴロリと上向《うわむ》きになると、ビクビクと宙に藻掻《もが》いていた六本の脚が、パンタグラフのような恰好《かっこう》になったまま動かなくなってしまった。私はほっと溜息をついた。
そのときだった。私は頭をコツンとぶつけた。見ると私の頭は天井にぶつかったのであった。何しろグングン大きくなってゆくので、こんなことになってしまったのだ。私は元々坐っていたのであるが、蠅を殺すときに中腰《ちゅうごし》になっていた。このままでいると、天井を突き破るおそれがあるので、私はハッとして頭を下げて、再びドカリと坐った。
「ああ、危かった」
だが、本当に危いのは、それから先であるということが直《す》ぐ解《わか》った。私の身体はドンドン膨《ふく》れてゆく。このままでは部屋の内に充満するに違いない。外へ出ようと思ったが、そのときに私は恐ろしいことを発見した。
前へ
次へ
全23ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング