いるのだろう!
その瞬間、彼はハッと気がついた。
「畜生!」
そう叫ぶと彼は、押入の扉《ドア》を荒々しく左右に開いた。そして天井裏へ潜《くぐ》りこんだ。そこで彼は不可解だった謎をとくことが出来た。あの孔の奥には、巧妙な映画の撮影機が隠されていた。目賀野千吉と新夫人との生活はあの孔《あな》からすっかり撮影され、彼が入った秘密映画会に映写されていたのであった。会主が家をくれたのも、その映画をうつさんがために外《ほか》ならなかった。なんとなれば、およそ彼ほどの好き者は、会主の知っている範囲では見当らなかったのだ。会主は彼が本気で実演してくれれば、どんなにか会員を喜ばせる映画が出来るか、それを知っていたのだ。むろん彼女は、新宅の建築費の十倍に近い金を既にあの映画によって儲《もう》けていたのだった。
蠅は? 蠅は単に小さい孔を隠す楯《たて》にすぎなかった。薄い黒紗《こくしゃ》で出来ている蠅の身体はよく透《す》けて見えるので、撮影に当ってレンズの能力を大して損《そこな》うものではなかったのである。
第四話 宇宙線
宇宙線という恐ろしい放射線が発見されてから、まだいくばくも経《た》たないが、人間は恐ろしい生物だ、はや人造《じんぞう》宇宙線というものを作ることに成功した。あのX光線でさえ一ミリの鉛板《えんばん》を貫《つらぬ》きかねるのに、人造宇宙線は三十センチの鉛板も楽に貫く。だから鉄の扉《ドア》やコンクリートの厚い壁を貫くことなんか何でもない。人間の身体なんかお茶の子サイサイである。
どこから飛んでくるか判らない宇宙線は、その強烈な力を発揮して、人間の知らぬ大昔から、人体を絶え間なくプスリプスリと刺《さ》し貫いているのだ。或るものは、心臓の真中を刺し貫いてゆく。また或るものは卵巣《らんそう》の中を刺し透し、或るものはまた、精虫《せいちゅう》の頭を掠《かす》めてゆく。こう言っている間も、私たちの全身は夥《おびただ》しい宇宙線でもってプスリプスリと縫われているのだ。
一体、そんなにプスリと縫われていて差支《さしつか》えないものか。差支えないとは云えない、たとえば、精虫が卵子といま結合しようというときに、突然数万の宇宙線に刺し透《とお》されたとしたらどうであろう。お盆《ぼん》のように丸くなるべきだった顔が、俄然《がぜん》馬のように長い顔に歪《ゆが》められはしま
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