っと池谷さんのところまで」
「ああ池谷さんのところへ――なるほど」といったが、彼は遽《あわ》ただしく聞き足した。「あのウ、池谷さんには細君があるんでしょうネ」
「ホホホホ、まだおひとりだっせ」
「ナニ、独り者ですか、これは変だ」帆村は笑いもしない。
「貴女《あなた》、池谷さんに来いと呼ばれたんですか」
「はあ、午前中に来いいうて、電話が懸ってきましてん。そしてナ、誰にもうちへ来る云わんと来い、そやないと後で取返しのつかんことが出来ても知らへんと……」
「うむうむうむ」
 帆村は何を思ったものか、無闇《むやみ》に呻《うな》り声をあげると、糸子の袖を引張って道の脇の林の中に連れこんだ。


   怪しき眼


 麗人糸子は、わるびれた様子もなく、「池谷控家」と門標のうってある文化住宅のなかへズンズンと入っていった。しかし僅かここ数日のうちに、痛々しいほど窶《やつ》れの見える糸子だった。
 糸子の父は、蠅男から送られた脅迫状のとおりに正確に殺害された。それはあまりにも酷い惨劇であった。お祭りさわぎのように多数の警官隊にとりまかれながら、奇怪にも邸内の密室のなかに非業《ひごう》の最期をとげた糸
前へ 次へ
全254ページ中100ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング