傍の大きな文化住宅の門標が映った。瀟洒《しょうしゃ》な建物には似合わぬ鉄門に、掲げてある小さい門標には「池谷控家」の四字が青銅の浮き彫りに刻みつけてあった。
「うむ、ここへ這入ったんだな」帆村はホッと吐息をついた。これは控家とあるからには、池谷医師の医院は別のところにあるのだろう。これは住居らしいが、なかなか豪勢なものであった。若い女も此処に入ったとすると、あれは池谷医師の妻君だったかなと思った。
 こうして池谷医師の行方はつきとめたけれども、この儘《まま》で入ると、鳥渡《ちょっと》具合がわるい。すこし計略を考えた上でないと、かえって物事が拙《まず》くなると思った帆村は、服でも着かえなおしてくるつもりで、門前を去って、もと来た道の方へ引きかえしていった。
 半丁ほど行ったところで、彼は向うから一人の麗人が静かに歩いてくるのに逢った。
「おお、これは愕いた。糸子さんじゃありませんか」
 その麗人は、惨劇の玉屋総一郎の遺児糸子であった。彼女は声をかけた主が帆村だと知ると、面窶《おもやつ》れした頬に微笑を浮べて近よってきた。
「もう外へ出てもいいのですか。何処へお出でなんです」
「ええ、ちょ
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