に凹凸《おうとつ》がついていて、本当の人間がチャンとそこに見えるのであった。いつまでも見ていると、本当にアルプスへ登って、この小屋の中を覗《のぞ》きこんでいるような気がしてきて、淡い望郷病が起ってきたり、それから小屋の家族たちの眼がこっちをジロリと睨んでいるのが、急になんともいえなく恐ろしくなったりして、堪らなくなって眼鏡から眼を離して周囲を見廻す。すると一瞬間のうちに、アルプスを離れて、身はわが日本の宝塚新温泉のなかにいることを発見する――という淡《あわ》い戦慄《せんりつ》をたいへん愛した帆村荘六だった。彼は十何年ぶりで、そのアルプス小屋の一家が相変らず楽しそうに暮しているのを発見して嬉しかった。サンタ爺さんの手にあるコップには相変らず酒が尽きないようであったし、彼の長男らしい眼のギョロリとした男は、一挺の猟銃をまだ磨きあげていなかった。
 帆村は子供の頃の心に帰って、それからそれへとカラクリを見て廻った。
 そのうちに彼は甚《はなは》だ奇抜な一銭活動を発見した。これは「人造犬《じんぞうけん》」という表題であったが、イタリヤらしい市街をしきりに猛犬が暴れまわり、市民がこれを追いかける
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