台を前にした座席だったので、自然少女歌劇を見物しながら休息しなければならなかった。書生はここへ来ると俄然|温和《おとな》しくなって、荘六のことをあまり喧《やかま》しく云わなかった。その代り彼は、突然|団扇《うちわ》のような手で拍手をしたり、舞台の少女と一緒に唱歌を歌ったり、それからまた溜息をついたりしたものである。荘六は子供心に、書生が一向休憩していないのに憤慨《ふんがい》して、ヨオお小用《しっこ》が出たいだの、ヨオ蜜柑《みかん》を買っておくれよ、ヨオ背中がかゆいよオなどといって書生を怒らせたものである。――いま橋の上から、十何年ぶりで、新温泉の建築を見ていると、そのときの書生の心境をハッキリ見透《みとお》せるようで頬笑ましくなるのであった。彼は久し振りに新温泉のなかに入ってみる楽しさを想像しながら、橋の欄干《らんかん》から身を起して、またブラブラ歩いていった。
とうとう彼は、入場券を買って入った。もちろん昔パスを持って通った頃の年老いた番人はいなくて、顔も見知らぬ若い車掌のような感じのする番人が切符をうけとった。
中へ入った帆村は、だいぶん様子の違った廊下や部屋割にまごつきながら
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