ばかりにして呶鳴った。しかし内部からは、なんの応答も聞えなかった。
「こら怪ったいなことや。もっとドンドン叩いてみてくれ」
ドンドンドンと、扉はやけにうち叩かれた。主人の名を呼ぶ署長の声はだんだん疳高《かんだか》くなり、それと共に顔色が青くなっていった。
「――丁度午後十二時や。こらどうしたんやろか」
そのとき広い廊下の向うの隅にある棕櫚《しゅろ》の鉢植の蔭からヌッと姿を現わした者があった。
不思議なる惨劇《さんげき》
死と生とを決める刻限は、既に過ぎた。
死の宣告状をうけとったこの邸の主人玉屋総一郎は、自ら引籠った書斎のなかで、一体なにをしているのであろうか。その安否を気づかう警官隊が、入口の扉を破れるように叩いて総一郎を呼んでいるのに、彼は死んだのか生きているのか、中からは何の応答《いらえ》もない。扉の前に集る人々のどの顔にも、今やアリアリと不安の色が浮んだ。
そのとき、この扉の向い、丁度|棕櫚《しゅろ》の鉢植の置かれている陰から、ヌーッと現われたる人物……それは外でもない、主人総一郎の愛娘糸子の楚々たる姿だった。ところがこの糸子の顔色はどうしたものか真青で
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