ないらしく、
「いや、どうもすみません」
と、上原青年の貸して呉れた燐寸を手にとった。そしてバットに火を点けて、うまそうに煙を吸った。
「――東京は、わりあいに暖いようですね」
「――はア暖こうございましたが」
と、上原青年は眼をパチパチさせた。
「今朝早く、鴨下さんを迎えにゆかれたんですね」
「はア――そうです」
「雨のところを、大変でしたネ」
「ええッ――そうでございます」
「あの、板橋区の長崎町も、随分開けましたネ」
「あッ、御存じですか、鴨下さんの住んでいらっしゃる辺を――」
「いや、こうしてお目に懸るまで、存じませんでしたが」
若い男女は、愕きの目を見張って、互いに顔を見合わせた。
「きょうの列車は、燕《つばめ》号ですネ。だいぶん空《す》いていましたネ。お嬢さんは、よく睡れましたか」
これを聞いていたカオルは、真青になった。
「ああ、もうよして下さい。気持が悪くなりますわ。探偵なんて、なんて厭《いや》な商売でしょう。まるであたしたち、監視されていたようですわ」
帆村は、笑いかけた顔を、急に生真面目な顔に訂正しながら、
「やあ、お気にさわったらお許し下さい。もうお天気
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