しょうしたい》が残っていた」
 村松検事はそう云って、女の顔を凝視《ぎょうし》した。


   二つの殺人|宣告書《せんこくしょ》


「あッ」とカオルは愕きの声をあげた。「するともしや、父が殺人をして逃亡したとでも仰有《おっしゃ》るのですか」
「まだそうは云いきっていません。――一体お父さんは、この家でどんな仕事をしていたか御存じですか」
「わたくしもよくは存じません。ただ手紙のなかには、(自分の研究もやっと一段落つきそうだ)という簡単な文句がありました」
「研究というと、どういう風な研究ですか」
「さあ、それは存じませんわ」
「この家を調べてみると、医書だの、手術の道具などが多いのですよ」
「ああそれで皆さんは父のことをドクトルと仰有るのですね」
 女はすこし誇らしげに、わずかに笑った。
 そのとき正木署長が、検事の傍へすりよった。
「ええ、……緊急の事件で、ちょっとお耳に入れて置きたいことがありますんですが、いま先方から電話がありましたんで……」
「なんだい、それは――」
 廊下へ出ると署長は低声《こごえ》で、富豪玉屋総一郎氏が今夜「蠅男」に生命を狙われていることを報告し、只今そ
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