左手で書っきょりました」
帆村は呻《うな》った。色眼鏡に長い外套、そして襟を立ててブルブル慄えている顔色の青い男だというのである。それはたしかに怪しい人物だ。
「なにか荷物を持っていなかった?」
「さよう、持っていましたな。大きなトランクだす。洋行する人が持って歩くあの重いやつでしたな。自動車から下ろすときも、ボーイたちを叱りつけて、ソッと三階へ持ってあがりましたがな」
「ほう、大きなトランク?」
帆村はハッと息をのんだ。
「そいつだ。そいつに違いない。その井上氏の部屋に案内して呉れたまえ」
蠅男の奇略《きりゃく》
「えッ、――」
と、帳場氏は、帆村の勢いに驚いて身をすさった。
「なにがそいつ[#「そいつ」に傍点]だんネ」
「そいつが恐るべき蠅男なんだ。僕にはすっかり分ってしまった。早くそいつ[#「そいつ」に傍点]の部屋へ案内したまえ」
「へえ、あの蠅、蠅男! あの殺人魔の蠅男だっか。ああそういわれると、どうも奇体な風体《ふうてい》をしとったな。気がつかんでもなかったんやけれど、まさかそれが蠅男だとは……」
「愕くのは後でもいい。さあ早くその井上一夫の部屋へ――」
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