れだす」と帳場の台の上から大きな札のついた鍵を手渡しながら、不図《ふと》思い出したという風に「ああ、お客さん、あんたはんにお手紙が一つおました。忘れていてえろうすみまへん」
「ナニ手紙?」
 帳場の事務員は、帆村に一通の白い西洋封筒を手渡した。帆村がそれを受取ってみると、どうしたものかその白い封筒には帆村の名前も差出人の名前も共に一字も書いてなかった。その上、その封筒の半面は、泥だらけであった。帆村はハッと思った。しかしさりげない態で、ボーイの待っているエレヴェーターのなかに入った。
 帆村は四階で下りて、絨毯の敷きつめてある狭い廊下を部屋の方へ歩いていった。
 扉の前に立って、念のために把手《ハンドル》を廻してみたが、扉はビクともしなかった。たしかに、錠は懸っている。
 なぜ帆村は、そんなことを検《ため》してみたのであろう。彼はなんとなく怪しい西洋封筒を受取ってから、急に警戒心を生じたのであった。
 扉には錠が懸っている。
 まず安心していいと、彼は思った。そして鍵穴に鍵を挿入して、ガチャリと廻したのであった。その瞬間に、彼は真逆自分が、腰を抜かさんばかりに吃驚《びっくり》させられよ
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