あろうか。すると身長八尺で一升桝ぐらいの穴もくぐれる人物という帆村の推理が合わないことになる。
「これは、どうも自分の推理が間違っていたのかナ、違うはずはないんだが」
 帆村探偵の自信は俄《にわ》かにグラつきだした。彼は遂に、眼から入ってきた蠅男の姿に、幻惑《げんわく》されてしまったのである。深い常識のために、推理の力を鈍らせてしまったのである。これは後になって、ハッキリと分った話であるが、蠅男に対する彼の推理は決して間違っていなかったのだ。帆村はもっと考えるべきだった。ここで玉屋総一郎の屍体の頸部《けいぶ》に附いていた奇妙なる金具のギザギザ溝《こう》の痕をなぜ思い出さなかったのだろう。玉屋総一郎の頸部に打ちこんだ鋭い兇器がどんなものであって、どこの方角からどうして飛んできたものかを、何故考えなかったのだろう。それからまた池谷医師たちが宝塚新温泉の娯楽室から持ちだした一銭活動のフィルム「人造犬」のことをなぜ連想しなかったんだろう。いや、まだある。現に彼は今、有馬温泉の駐在所に寝ころがっているが、その枕許に置いてある奇妙な形をした一本の鋼鉄棒がある。彼はそれを池谷邸に近い林の中で護身用と
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