はらば》いになって、書きにくい字を書いた。そして一枚書けると、それを手帳からひきちぎって外に撒いた。始めは容易に肯《がえ》んじないでも、一旦承知したとなると全力をあげて誠実をつくすのが長吉のいい性格だった。彼はこの困難な仕事を一心不乱にやりつづけた。
 自動車はすっかり山の中へ入ってしまった。怪人の乗った自動車との距離はだんだんと近づいて、あと二百メートルになった。この調子では間もなく追いつくことができるだろう。帆村は歯ぎしり噛んで、ハンドルをしっかりと取り続けた。彼の全身は風に当って氷のように冷えてきた。ガソリンの尽きないことが唯一の願いだった。
 上り道が左の方に曲っている。
 まず怪人の乗った自動車が左折して、山の端から姿を消しさった。続いて帆村と長吉との乗った自動三輪車がポクポクとあえぎながら坂道をのぼっていった。そして同じく山の端《はし》をぐっと左折した。このとき帆村は、前方にこんどは下りゆく自動車が急に道から外れそうになって走るのを見た。
「呀《あ》ッ、危いッ」
 と、声をかけたが、これはもう遅かった。怪人の乗った自動車は、どうしたわけか次第に右に傾いて二、三度揺ぐと見る間
前へ 次へ
全254ページ中118ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング