うん、失敗《しま》ったッ」
 帆村の叫んだときはもう遅かった。北側の窓のところに駈けつけてみると、目の下に自動車は静かに動きだしたところだった。裏口の木戸が開かれている。誰かその木戸から出ていって自動車にのったに違いない。そして帆村は見た。その幌型《ほろがた》の自動車の運転台に、黒い服を身にまとった人物が腰をかけていたのを。
 その人物こそ、さっき二階で、糸子をカーテンのなかに引ずりこんだ怪人に相違なかった。彼はいま自動車にソッとうちのり、何方へか逃げようとしているのだ。黒い服の人物は何者? 不幸にして帆村は、彼の後姿を肩のあたりにだけ認めたばかりであって、怪人物の顔を見ることはできなかった。
 しかし彼こそ、恐るべき脅迫状の送り主「蠅男」なのではあるまいか。いや、それともこの家の主人である池谷医師でもあったろうか。いずれにしても帆村は、その自動車に乗った人物を逃がしてはならないと思った。
 糸子のことも気がかりであったけれど、怪人物の行方はさらに重大事であった。それにまた、怪人物は自由を失った糸子をその自動車に無理やりに積みこんで、共に逃げていくところだったかも知れないのである。ここ
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