た。それは勝手知ったる主治医の家であったから。
 糸子の姿が扉のうちに消えてしまうと、帆村はさらに全身に緊張が加わるのを覚えた。彼は眼ばたきもせずに、木立の間から控家の様子を熱心に窺った。一分、二分……。何の変りもない。
「まだ大丈夫らしい。挨拶かなんかやっているところだろう」
 暫くすると、二階の窓にかかっている水色のカーテンがすこし揺らいだのを、敏捷《びんしょう》な帆村は咄嗟《とっさ》に見のがさなかった。
「……二階へ上ったんだ」
 そのときカーテンの端が、ほんのすこし捲《ま》くれた。そしてその蔭から、何者とも知れぬ二つの眼が現われて、ジッとこっちを眺めているのだった。
「誰? 糸子さんだろうか。ハテすこし変だぞ」
 と思ったその瞬間だった。二つの怪しい眼は、突然カーテンの蔭に引込んだ。まあよかった――と思う折しも、いきなりガチャーンと凄《すさ》まじい音響がして、その窓の硝子が壊れてガチャガチャガチャンと硝子の破片が軒を滑りおちるのを聞いた。
 帆村がハッと息をのむと、それと同時にカーテンの中央あたりがパッと跳ねかえって、そこから真青な女の顔が出た。
「あッ、糸子さんだッ。――」

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